放駒部屋の現在を徹底解剖!師匠・玉春日と一山本ら実力派力士の軌跡
土俵上でひときわ存在感を放つ個性派力士たちと、彼らを温かく、時に厳しく見守る師匠の姿が相撲ファンの心を掴んでいます。名門の看板を背負い、葛飾の地から大相撲界を盛り上げているのが放駒部屋(はなれごまべや)です。かつての名伯楽・元大関魁傑が築き上げた伝統を、元関脇玉春日の18代放駒親方がどのように受け継ぎ、進化させているのでしょうか。
土俵を沸かせる一山本や島津海といった看板力士の活躍をはじめ、部屋の歩んできたドラマチックな再興の道のり、さらに稽古場の最新環境まで、相撲通ならずとも知っておきたい魅力と最新事情を詳しく解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:元関脇・玉春日の18代放駒親方が率いる新生・放駒部屋は、旧二所ノ関部屋の系譜と名門「放駒」の名跡が融合して2021年末に再興した注目の相撲部屋です。
- 要点2:幕内で大活躍する突っ張り巧者の一山本や、怪我を乗り越えて躍進する島津海など、土俵内外でファンを魅了する実力派力士が多数所属しています。
- 要点3:東京都葛飾区西新小岩に構える稽古場では地域密着の活動も活発で、公式サイトやSNSを通じた情報発信とともに今後のさらなる番付上位進出が期待されています。
【名門の再興】元関脇・玉春日が率いる新生「放駒部屋」誕生の経緯
大相撲の歴史において「放駒」の名は、極めて重い意味を持っています。かつて日本相撲協会の理事長も務めた元大関・魁傑(西森輝門氏)が創設した旧放駒部屋は、第62代横綱・大乃国らを育て上げた名門でした。しかし、2013年に魁傑の定年退職に伴い一度閉鎖され、所属力士らは芝田山部屋へと移籍した過去があります。
その名跡が劇的な復活を遂げたのは2021年12月のことです。当時、元大関・若嶋津が師匠を務めていた旧二所ノ関部屋において、師匠の定年間近に伴う部屋の継承が行われました。元関脇・稀勢の里(現・二所ノ関親方)が「二所ノ関」の名跡を継承して独立するタイミングに合わせ、旧二所ノ関部屋付き親方として長年後進の指導にあたっていた元関脇・玉春日(当時・松ヶ根親方)が「放駒」を襲名。部屋施設と所属力士・裏方をそのまま引き継ぐ形で、約8年半ぶりに「放駒部屋」の看板が土俵に蘇りました。
師匠である18代放駒親方(元玉春日)は、現役時代に強烈な押し相撲と強靭な下半身を武器に三賞を7回受賞した実力者です。学生相撲出身のパイオニアとしても知られ、誠実で情熱的な人柄は弟子たちからも絶大な信頼を寄せられています。名門の重みと新たな息吹が融合した瞬間でした。
【看板力士の躍進】一山本&島津海!土俵を沸かせる実力派の現在地
放駒部屋の躍進を象徴するのが、幕内土俵で独自の輝きを放つ看板力士たちです。それぞれの個性と相撲道がファンの視線を引きつけてやみません。
部屋の筆頭格として絶大な人気を誇るのが、北海道出身の一山本(いちやまもと)です。大学卒業後に一度は地元の町役場で公務員として働いた異色の経歴を持ち、23歳で角界入りを果たしました。元横綱・若乃花を彷彿とさせる長いリーチを生かした強烈な両手突きと、回転の速い突っ張りは幕内上位陣にとっても大きな脅威です。明るくユーモアに溢れる言動でも知られ、メディアや巡業での高い人気が部屋の知名度を一気に押し上げました。
もう一人の主軸が、鹿児島県種子島出身の島津海(しまづうみ)です。中学卒業後に旧二所ノ関部屋へ入門し、地道な稽古で力を蓄えて新入幕を果たしました。鋭い出足と左右からの力強いおっつけ、土俵際での粘り強い相撲が持ち味です。重なる怪我にも屈せず、不屈の闘志で土俵に上がり続ける姿は多くのファンに感動を与えています。
両力士が切磋琢磨することで稽古場には常に心地よい緊張感が漂い、互いの存在が高いレベルでの番付維持・上位進出の原動力となっています。
【所属力士一覧】若手からベテランまで広がる充実の布陣
放駒部屋の魅力は看板力士だけにとどまりません。関取陣の背中を追う幕下以下の力士たちも、着実に地力をつけています。
部屋に所属する主な陣容は以下の通りです。
- 師匠:放駒 捷士(元関脇・玉春日、愛媛県出身)
- 部屋付き親方:湊川 忠光(元小結・大竜、山形県出身)
- 幕内・十両力士:一山本 大生、島津海 空
- 幕下以下の主な力士:威光、松井、絢ノ富士、薩摩桜など
- 行司・呼出・床山:伝統の職人技で本場所を支える裏方陣も充実
土俵上では互いに激しくぶつかり合いながらも、稽古が終われば大家族のように結束するアットホームな雰囲気が、放駒部屋の伝統的な強みです。若手力士たちは一山本や島津海という身近な生きた手本と毎日竹刀を交えることで、プロとしての立ち振る舞いと勝負勘を自然と体得しています。
【葛飾区西新小岩】稽古場へのアクセスと朝稽古見学の最新ルール
放駒部屋の拠点があるのは、下町情緒と温かい人情が残る東京都葛飾区西新小岩です。住宅街の中に位置する部屋の建物は、旧二所ノ関部屋時代から引き継がれた伝統の稽古場を備えています。
【部屋の基本情報】
・所在地:東京都葛飾区西新小岩3丁目(最寄り駅:JR総武線・新小岩駅)
・交通アクセス:新小岩駅北口から徒歩約10〜12分
本場所前や巡業期間外には、朝早くから力士たちの激しいぶつかり稽古の声や土煙の上がる音が響き渡ります。地域とのつながりを非常に大切にしており、地元葛飾区のイベントや防犯パトロール、児童支援活動などにも積極的に協力しています。
【朝稽古の見学について】
朝稽古の見学を希望する場合は事前の確認が必須です。基本的には後援会員向けの見学が優先される場合が多く、本場所直前や体調管理が厳格な時期は一般公開を制限していることがあります。見学を検討する際は、必ず放駒部屋の公式サイトや公式SNS(X/旧Twitter、Instagram等)にて最新の受付状況やマナーに関する注意事項を確認した上で訪問することが鉄則です。無断での稽古場立ち入りや路上での長時間の待機は厳に慎みましょう。
【伝統の継承】元大関・魁傑の「クリーンな相撲道」と現代的アプローチ
18代放駒親方が大切にしているのは、かつて魁傑が貫き通した「誠実で妥協のない相撲道」の精神です。魁傑は現役時代から「クリーン・魁傑」と称され、指導者となってからも一切の不正を許さず、愚直なまでに泥臭い稽古を重視しました。
玉春日自身も現役時代、土俵際の逆転劇や真っ向勝負の押し相撲で鳴らした武骨な力士でした。師匠となった現在は、その頑固なまでの勝負哲学を根底に置きながらも、令和の時代に即した科学的トレーニングや柔軟な栄養管理、コンディショニングを取り入れています。
「稽古場で流した汗は決して嘘をつかない」という普遍的な教えと、一人ひとりの力士の個性を伸ばす丁寧な対話。このバランスの取れた指導方針こそが、一山本のような個性派や、島津海のような粘り強い力士を育て上げる土壌となっています。
【放駒部屋】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:放駒部屋と二所ノ関部屋(元稀勢の里)はどのような関係ですか?
A1:現在の放駒部屋のルーツは、元大関・若嶋津が師匠を務めていた旧二所ノ関部屋です。元若嶋津の定年前に、部屋付き親方だった元稀勢の里が「二所ノ関」の名跡を継承して茨城県阿見町に新部屋を興し、旧二所ノ関部屋の施設と所属力士を元玉春日が「放駒」として引き継ぎました。同じ二所ノ関一門として強い絆で結ばれています。
Q2:一山本関はなぜ元公務員と呼ばれているのですか?
A2:中央大学相撲部を卒業後、故郷の北海道岩内町役場に就職して公務員として勤務していた経歴があるためです。相撲への情熱を断ち切れず、23歳の時に角界へ挑戦し、異例の転身として大きな話題を集めました。
Q3:放駒部屋の最新情報はどこでチェックできますか?
A3:放駒部屋の公式ホームページをはじめ、公式InstagramやX(旧Twitter)などで番付発表、本場所の取組結果、部屋の日常風景などが定期的に発信されています。力士たちのリラックスした表情や誕生日祝いの様子など、土俵上とは一味違う一面が見られます。
まとめ:個性派揃いの放駒部屋が魅せる大相撲の新たな熱気
歴史ある名跡の復活から数年を経て、放駒部屋は確かな存在感と実績を兼ね備えた相撲部屋へと成長を遂げました。師匠・元玉春日の情熱的な指導のもと、一山本や島津海といった幕内力士が引っ張る陣容は、土俵の熱気を大きく盛り上げています。
伝統的な泥臭い稽古と、現代的な個性の尊重。下町・葛飾の稽古場から発信される放駒部屋の挑戦は、大相撲の未来を照らす明るい光となっています。これから幕内上位、さらには三役・大関を目指して突き進む力士たちの戦いから、今後も目が離せません。 (出典: 放 駒 部屋(Yahoo!ニュース))